取材・和訳: Federica Sala
編集: 柴田さやか、アマンダ

日本の写真術は複雑な広がりと深淵、そして漆黒の闇に包まれたミステリアスな宇宙のようだ。この宇宙はおいそれとカテゴリー化できないほど小さな惑星が密集している。見事に統御され秩序に従うこの空間にかつてないほどの刺激を与え、変化をもたらしてきたのはいつでも眩いばかりの一筋の光である。光が闇を覆うとき、その評価はいつでも賞賛か酷評かの一択である。東京るまん℃という神妙な光を放つこの恒星は、果たして大部であるこの芸術宇宙の領域に一石を投じるのだろうか。

2012年より、東京るまん℃はTokyo Photo、no found photo fair、fotofeverなど国内外のフォトフェアーに参加した。2016年2月18日から6月12日まで、ロンドンのテートモダンにて開催される企画展 「Performing for the Camera」 に「Orphee」シリーズより20点を展示する。本展では、シリアスで刺激的、ユーモラスで即興的といった多種多様な面で写真とパフォーマンスの関係性を探る。日本からは草間彌生、深瀬昌久ほか、Yves Klein、Erwin Wurm、Cindy Sherman、Samuel Fossoなどが出展する予定。約50人の重要な作家が参加、ヴィンテージプリントや大型作品からInstagramを含む500点以上が展示される。

今回は東京るまん℃にインタビューし、彼女の写真、パフォーマンスについて尋ねた。そこにはセルフポートレートという癒やしと喜び、そして彼女の作品を初めて見た時のインパクトからは意外と感じるほどに、普遍的なで身近なことが見えてきた。

長年の間に被写体としての東京るまん℃は、2012年にセルフポートレートの「Rest 3000~ Stay 5000~」シリーズを発表し、写真界に登場した。その作品には、東京のラブホテルで撮った写真で真実に虚構を織り込んで、様々な部屋で恋人のような、娼婦のような、少女のような、どこかで会ったような、知っているような、匿名の女のようなポーズをしている。それ以上に、現実的なドキュメンタリーのようなスタイルとセルフ・ポートレートの空々しさの対比で、視聴者の目を眩ませている。なお、2014年の秋、彼女は新作 「Orphee」 を発表し、同名の写真集も禪フォトギャラリーより刊行された。「Orphée」には彼女は被写体として、大きく丸い鏡の前で様々な人格に変貌し、内面から湧き出る自らの記憶・欲望・恐怖・狂気・死・虚無などに向き合っている。

一連のイメージに全ての映された女の姿が一つの人になって、本体に対して見とがめず、このような意味に挑戦している。また、鏡の前に立っている女からその平面に映されるものにかけて、るまん℃全体の一面であるため、内と外の境界線は消えるほど薄くなってしまう。その鏡に語っているおとぎ話に、るまん℃が白雪姫も悪女王もではないか、二人ともか不明というべきだ。以下のインタビューで、東京るまん℃は自らの作品だけでなく、自らの考えや作品の背後にある概念についても説明をしてくれた。

問:あなたは長い間被写体としての経験がありますね。そのような経験は、セルフ・ポートレートを撮り始める決断に影響を与えましたか。

答:影響はあります。付け加えるとすれば被写体としての経験だけでなく、アンダーグラウンドで覆われた20代の経験が多大に影響しています。被写体であった時はカメラマンの指示で、カメラマンの希望でポーズを作っていましたが、そもそも被写体って、そのカメラマンの希望のスタイルに魂を注ぐので、それによってどんどん自分がすり減る様な気がしていました。何故そんな感覚になったのかは分からないですけど…。もしかしたら撮影現場は戦場であったのかもしれませんね。私自身がカメラマンと戦ったパワーをまた自分で取り戻すかのように自らを撮り始めました。写真を撮ることは私にとってまるで湯治場のように、すり減った精神を癒す場所だと思っています。自分の好きなスタイルでセルフ・ポートレートを撮ることができ、さらに新しい自分を再構築するためのインプット(取り込み)もできるのです。

Rest 3000~ Stay 5000~, 2012 ©Tokyo Rumando
Rest 3000~ Stay 5000~, 2012 ©Tokyo Rumando

問:他人が撮っている時と自分で撮っている時で”視線”はどのように違いますか。

答:私が被写体であった時は、作家側として言えばそれは自分の作りたい視線ではないです。自分で撮るときの視線というのは、あまり自己を意識していなくて、例えば目線を外したり、横を向いていたりとか、あまりカメラを向かって見ることはないです。その点はまだ自分にとっては謎です。漠然と頭に思い浮かんだイメージをそのまま打ち出しています。直感的なものですが、それは私の経験から出てくる表情とも言えます。

問:写真集『Orphée』は鏡を用いた作品ですね。鏡というのは、別世界との境界線として使われているように感じます。真実はどちらの方にありますか。

答:この作品は、どちらが真実か、と言うものではありません。正直に言ってしまえば、真実というものに興味を持っていません。過去、現在、未来という時系列的な境界線として鏡を使っているのは事実だけれど、どちらも自分であり、その境界線がないのです。というのは、過去も現在も脈々と私の中で生きているし、自分のコアでもある訳ですから。過去がないと今の東京るまん℃は存在しないのではないでしょうか。多くの鏡の中の私は、本当の自分ではあるけれど、真実を求めている作品ではないです。

Orphée, 2014 ©Tokyo Rumando
Orphée, 2014 ©Tokyo Rumando

問:「Rest 3000~, Stay 5000~」という作品は、荒木経惟氏の作品を連想させますね。るまん℃さん自身はどう思いますか?

答:よく言われます。「アラーキーっぽいね」と。おそらくそれは舞台がラブホテルだからでしょうか?それともベッドの上だからでしょうか?でも男が撮っている写真と女が撮ってい写真は、そもそも目線が違うと思います。私の写真はそれこそセルフ・ポートレートですから、荒木さんとはもちろん違うと思うんです。

問:あなたは荒木経惟氏に撮影してもらった経験がありますね。その経験は写真家・東京るまん℃としてのあなたの写真に影響を与えましたか。

答:私は昔、アラーキーのモデルをしたことがありますし、アラーキーさんはもちろん大好きです。写真の撮り方などいつも刺激を受けています。影響を受けたかどうかは別にして、シンディ・シャーマン、モリニエ、ウィトキン、イオネスコは好きです。私はいつも狂気染みた写真を作りたいと思っているのですが、私の写真は写っているもの単体ではそんなに狂気はないんです。だからそうしたパターンを百枚以上作り、狂気染みた写真のパターンで埋め尽くされたひとつの空間、圧力で魅せる。そういう手法を私のスタイルにしたいと思っています。あと、ユーモアは大事ですね。作り手が一番楽しみ大笑いする事を優先します。

"Rest 3000~ Stay 5000~, 2012 ©Tokyo Rumando
"Rest 3000~ Stay 5000~, 2012 ©Tokyo Rumando

問:「裸」という言葉は、あなたの作品の中でどのような意味がありますか。

答:「I’m only happy when I’m naked」というのは二冊の写真集のキーワードでありスローガンです。今は服やメイクだけではなく、他人や環境に合わせて自らを変えることが日常になっていると思います。どんどん仮面をつけて着込んでいくわけですが、逆にそれらを剥いで皮膚一枚に近づくことが真の開放なのだと思います。たくさんの仮面を煩わしいと思ったり、外したいと思っていても、生きていく限りは簡単に外せない。外さないことでこの社会で生き抜くことができると感じている。もしかしたら、その中には心地良い仮面もあるかもしれないですけど、普通は仮面を外すことを恐れるのが一般的でしょう。だからこのスローガンは私の毎日の祈りなのです。

問:写真集『Orphee』の後書きに相馬俊樹氏は「大切な何かを失い、自らを危機に晒すことになったとしても、<見る>という欲望に殉じることを厭うべきではない」と書かれていました。るまん℃さんは、鏡の中の自分を眺める時、何かを失ってしまったという喪失感はありますか。

答:これまで生きてきた人生の中で、人並み程度には何か大切なものを失い続けていると思います。その代わりに新たに何かを見つけたり、拾ったりもしています。失うというのは自らの選択で起きる事ですよね。勿論、突発的な事もあるでしょうけれど。私には鏡の中を眺めたときに失うという感覚はないです。これもある種のインプットです。

当初私はこの作品を「投影⇔導入」というタイトルを付けていました。過去をどのように振り返るかを考えたときに自分の内面をもう一度何らかの形で、写真に投影し、再び自分の中に導入しています。何かを見つけるというよりは受容することに近いと思います。結局は生きて行くために無意識的に誰もがやっている無限ループの作業なんです。だから特別な事をしているとは思いません。ただ形にしたかったという思いだけは強くあります。もう一度過去のことを自分自身で飲み込み、また自分の中で深くしていく。過去は無くなりません。

©Tokyo Rumando
©Tokyo Rumando

東京るまん℃

1980年東京生まれ。写真家。被写体の経験を生かし独学で写真を撮り始める。
セルフポートレートを主として制作。国内外展示を行う。www.rumando.com

Tokyo Rumandoの写真集