故郷の原風景を写す『石巻』に続く本書『北上川1958-2005』は、橋本照嵩自身にとって身近な石巻から範囲を広げ、岩手町の御堂観音境内にある北上川の源泉から、源流域を記録したカラーとモノクロ写真から厳選し、まとめた写真集である。佐々木幹郎(詩人)が執筆した「橋本照嵩のためのメモランダム」を冒頭に添え、膨大な時間の流れの中で変わりつつある東北風景と変わらぬ人情をフィルムならではの温度でたっぷり味わえる一冊となっている。

「板子一枚下は地獄」の海で漁獲をあげた漁師たちは大挙して陸に上がる。夕刻ともなると、いそいそと日本有数の歓楽街へと繰り出す。唖者の女給さんが「横浜屋」の隣りの「日の出湯」という銭湯の帰りに煙草の「光」を一個、男へのサービスに買って行った。街灯がまだ夜を灯している時刻、男女の嬌声が時には甲高く飛び交い、喧嘩もあった。夜が明ける頃、唖者の女給さんは男に寄り添い店の前を河岸に向かって急ぐ。焼玉エンジンの音がけたたましく響いて漁船はまもなく河岸から東雲の海へ出てゆく。男の無事を祈るかのような女給さんの言葉にならない叫びが聞こえてきた。
「あああ、あああ、あああああああああああ......。」

― 橋本照嵩(本書あとがきより)

- 判型
257 × 182 mm
- 頁数
96頁、掲載作品78点
- 製本
ソフトカバー
- 発行年
2025
- 言語
英語、日本語
- エディション
700
- ISBN
978-4-910244-44-0

Artist Profile

橋本照嵩

1939年、宮城県石巻市生まれ。1963年、日本大学芸術学部写真学科卒業。1974年、写真集『瞽女』出版(のら社)にて日本写真協会新人賞受賞。同年、荒木経惟、中平卓馬、深瀬昌久、森山大道らとともに「15人の写真展」(東京国立近代美術館)へ参加し「瞽女」を出品。作品は国立近代美術館へ収蔵された。1979年から1981年には韓国を精力的に訪れ李朝民画を撮影した。2011年に被災した故郷の石巻へ定期的に帰郷し撮影を続けている。近年は代表作の「瞽女」シリーズや石巻を題材にした作品を中心に国内外を問わず多数の個展を開催しており、主なものに禅フォトギャラリー(東京、2023年)、池田記念美術館(新潟、2022年)、AN-A Fundación(バルセロナ、2023年)などがある。主な出版物に、『北上川』(2005年、春風社)、『石巻-2011.3.27〜2014.5.29』(2014年、春風社)、『西山温泉』(2014年、禅フォトギャラリー)、『新版 北上川』(2015年、春風社)、『叢』(2016年、禅フォトギャラリー)、『山谷 1968.8.1-8.20』(2017年、禅フォトギャラリー)、『瞽女アサヒグラフ復刻版』(2019年、禅フォトギャラリー)、『瞽女』(完全版、2021年、禅フォトギャラリー)、『石巻 1955.6-1969.5』(2023年、禅フォトギャラリー)などがある。