写真家・西村多美子は、旅の記録と私的なスナップショットというスタイルを一貫して自らの表現として長年追い求めてきた。その原点と言うべき最初の旅は、当時まだ学生だった1968年の年末のことだった。彼女の目的地は、本土復帰前の沖縄。船が主流だった時代に飛行機で海を渡り、女性ひとりで島を巡り、出会った人々の温かさに身を委ねながら、旅を続けた。
卒業制作として生まれた『実存』(グラフィカ編集室、2011年)と並び、当時ともに候補に挙がりながら、長く手元に眠り続けたこの沖縄の記録が、60年近くの時を経て、この度はじめて世に出る。

「学生だった1968年の年末、初めてのひとり旅で沖縄へ行った。本土復帰前の沖縄を歩いてみたかったのだ。沖縄については、子供の頃、うちへ集金に来ていた郵便局の保険の外交員が、糸満出身の糸満(いとみつ)さんという人で「沖縄戦で親戚の人をたくさん亡くした」という彼の言葉を覚えていた。
初めて乗る飛行機で那覇へ着き、そして糸満から最北端の辺戸岬まで北上する計画を立てた。
糸満では空腹に、さとうきびをかじりながら歩いていたら、農作業を終えた親子が通りかかり、小さなトラックに乗せてくれた。そして、子供から年寄りまで十数人の家族が住む家に泊めてくれた。小さい子が「東京ねぇねぇ」と言ってまとわりつく。正月で内地から帰省していた美容師のお姉さんとは、夜の海岸をおしゃべりしながら散歩した。翌朝、髪をシャンプーして、セットまでして送り出してくれた。
コザ(現・沖縄市)へ入る前に、ピザハウスで食事していると、「コザの町は日本人街、白人街、黒人街と通りを隔てて分かれている。間違っても、向こう側へ入り込まないように」と注意された。コザは嘉手納基地が近く、とても日本とは思えなかった。緊張感を持って過ごした記憶がある。
1969年元旦は、伊江島で迎えた。お正月らしさは、全く感じなかった。
旅の終わりに、辺戸岬へ行った。当時日本の最南端だった与論島が、霞の向こうに見渡せた。その時、今回の旅の目的はこれだったのだ、と思い到った。」
― 西村多美子(本書あとがきより)

-Book Size
257 × 185 mm
-Pages
80 pages, 48 images
-Binding
Softcover
-Publication Year
2026
-Language
English, Japanese
-Limited Edition
750
-ISBN
978-4-910244-53-2

Artist Profile

西村多美子

1948年、東京生まれ、1969年、東京写真専門学院(現東京ビジュアルアーツ)卒業。在学中に唐十郎率いるアングラ劇団「状況劇場」の舞台に通い、麿赤児や四谷シモンなどを撮影し、復帰前の沖縄へ初めての一人旅へ出る。卒業後、森山大道、多木浩二、中平卓馬というプロヴォーク運動で大きな影響力を持った3人と出会い、1970年まで暗室で彼らの制作を手伝う。1973年にそれまで北海道、東北、北陸、関東、関西、中国地方を旅して撮影したものをファースト写真集「しきしま」(東京写真専門学院出版局)として刊行する。

アルバイトや雑誌の仕事で旅費を貯め、1970年から80年代にかけて日本各地を旅し、また娘を連れて東京なども歩いて撮影している。1990年代以降は近代化画一化された日本を飛び出して、ヨーロッパ、中米、東南アジアなど海外を撮影した。

西村は写真を撮り始めた68年頃から現在に至るまで、半世紀を超える作家活動歴の間、一貫してフィルムで撮影し、自ら暗室でプリントを制作するという姿勢を変えていない。西村の写真は、詩的でスピリチュアル、そして深く個人的なものである。西村は自身のキャリアを振り返り、「旅の連続」と表現し、遊牧民のような人生観で写真を撮り続けてきた。旅が秘めているものを明らかにする彼女の写真は、旅先で出会う人生の多様な肖像である。

主な出版物に『しきしま』(東京写真専門学院出版局、1973)、『熱い風』(蒼穹舎、2005)、『実存1968-69状況劇場』(グラフィカ編集室、2011)、『憧景』(グラフィカ編集室、2012)、『しきしま 復刻新装版』(禅フォトギャラリー、2014)、『猫が・・・』(禅フォトギャラリー、2015)、『舞人木花咲耶姫 — 子連れ旅日記』(禅フォトギャラリー、2016)、『旅人(My Journey)』(禅フォトギャラリー、2018)、『旅記』(禅フォトギャラリー、2019)、『続 (My Journey II. 1968-1989)』(禅フォトギャラリー、2020)、『あれから(My Journey III. 1993-2022)』(禅フォトギャラリー、2022)、『追想』(禅フォトギャラリー、2024)等。香港M+美術館、ハーバート・F・ジョンソン美術館、ボルチモア美術館、メトロポリタン美術館などに作品が収蔵されている。