土門拳賞受賞作家・梁丞佑による、横浜寿町をテーマにした新刊写真集『人』を、禅フォトギャラリーより刊行いたします。

社会からはみ出した他人同士が寿町では家族のように付き合っている姿がここにある。前回の写真集『新宿迷子』同様に梁丞佑の丁寧な付き合いが彼らとの関係を築き、信頼を得た。2002年から最近までレンズを向け続けた情熱と鋭い問題意識に目を見張らされる。 ー大石芳野(写真家)

神奈川県横浜市寿町。
横浜中華街から10分ほど歩いた所に存在する。
最初は話に聞いて何の気なしに訪れた。
いろんな国の言葉が聞こえ、さらに私が思っている日本像とはあまりに違う街の様子に「ここは日本ではない」と感じた。

撮りたいと強く思い、この街に通いつめるわけだが、しばらくは「ただ、見ていた」。隠し撮りをするという方法もあったのだが、それではなんだか気がとがめ、彼らと交わりたいと思った。
とりあえず、道に座って酒を飲んでみた。
彼らは私が煙草の吸殻を灰皿に捨てたら「変な奴だ」と言った。言葉も乱暴。しかし「分け合う」ことを知っていた。生活は貧しくても心は豊かであるように感じた。

こうして彼らと過ごす事3ヶ月。やっと、私に1人が聞いた。
「お前は何をやっている人間なんだ」と。
仕事もせずに日がな一日道に座っている事を、やっと奇妙に思ってくれたのだ。
満を持して私は言った。
「写真しています」と。そこから私の撮影が始まった。

ぎりぎりで、這いつくばるような、そうかと思えば、すでに全てを超え浮遊しているような、悲しさや寂しさ辛さとともに、幸せも楽しみも、悪意も善意も。
手に取るように感じられた。
「人が生きるということは…」
そう問われているように感じた。

ある日、コインランドリーの入り口で雨宿りをしていた一人の中年男性がいた。血だらけだった。「どうしたの?」と聞いたら、その男性は私の目を見て、
「だるまさんが転んだ…」とだけ繰り返した。温かいお茶を差し出したら、
「ありがとう」と言って、ただ握っていた。私がいるときには、飲まなかった。

日本には「だるまさんが転んだ」という遊びがある。
鬼が「だるまさんが転んだ」といって振り返ると、鬼に向かって近づいて来ていた人達は、動きを止める。もし動いている事がばれると、自分もまた鬼になる。

オレに構うな。

「だるまさんが転んだ」

もしかするとそういう事だったのかもしれないと今になって思う。

2017年現在、寿町は他のドヤ街と同じく以前の姿は消え、高齢化が進み、街の「境界」は曖昧になり他の街となじみつつある。

これらの写真は、2002年から2017年まで寿町で撮影したものです。

― 梁丞佑

Artist Profile

梁丞佑

韓国出身。1996年に来日し、日本写真芸術専門学校と、東京工芸大学芸術学部写真学科を卒業。その後、同大学院芸術学研究科を修了し、日本を中心に活動する。2016年に禅フォトギャラリーより刊行した写真集『新宿迷子』にて、新宿・歌舞伎町の街を居場所とする人々をモノクロームスナップショットで記録し、土門拳賞を受賞。2017年には同じく禅フォトギャラリーより写真集『人』を刊行した。同年パリのinbetween galleryにて個展を開催するなど、近年は国際的にも活躍の場を広げている。その他の写真集に『君はあっちがわ 僕はこっちがわ』(2006年、新風舎)、『君はあっちがわ 僕はこっちがわ II』(2011年、禅フォトギャラリー)、『青春吉日』(2012年、禅フォトギャラリー)、『青春吉日』新装版 (2019年、禅フォトギャラリー)、『The Last Cabaret』(2020年、禅フォトギャラリー)、『ヤン太郎 バカ太郎』(2021年、禅フォトギャラリー)、『TEKIYA 的屋』(2022年、禅フォトギャラリー)、『荷物』(2023年、禅フォトギャラリー)などがある。

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