Tokyo Rumando「Orphée」
2014年夏の個展で発表される東京るまん℃の新作はやはりセルフ・ヌードであるが、少し風変わりな連作のようである。それは『オルフェ』と題されている。
るまん℃は、とある室内の鏡の前に佇んでいる。だが、その鏡はある種の魔鏡で、現実を映すだけでなく、写された者(すなわちるまん℃)の失った過去をも呼び覚まし、異界へと通じる道を開く。
不安と恐怖、黒き欲望と歓喜、頽廃と狂気、そして死と虚無までをもその魔鏡は映し出し、増幅させる。るまん℃は彼女のからだと心に闇のごとくつき纏う記憶と運命の呪縛に対峙させられ、やがて、魔鏡から溢れいでる異界の磁場に侵食され始めてしまう。
表題にとられているギリシア神話の神的詩人・楽人オルフェウスは、死した愛妻エウリュディケ奪還のための冥界巡りでも知られるが、オルフェウスは決して振り返ってはならないという冥府の禁を破り、エウリュディケの顔を見たがため、いうなれば死の、冥界そのものの顔を見たがため、永遠に愛妻を失うことになったと伝えられる。
ここには、芸術的神人の残した一つの教えがあると見ることもできよう。すなわち、芸術家という者はたとえ大切な何かを失い、自らを危機に晒すことになったとしても、〈見る〉という欲望に殉じることを厭わず、深き淵の戦慄と対峙しなければならないという教えである。
さて、るまん℃は作品のなかで記憶の闇へと自身を直面させた。そして、彼女はこの連作を、記憶の忘却とその浄化のための儀式のようなものであると語る。だがその一方で、自らの記憶に切り捨てがたい執着をも感じているようであった。
そうであるなら、彼女が記憶の闇を自らの生に組み入れ直し、生の一部として生きることができたときにこそ、あるいは真の意味で、浄化儀礼としてのセルフ・ヌードは完遂されたといえるのかもしれない。
ー相馬俊樹(美術評論家)